ーーはじめに、熊谷リリーズが誕生してから今に至るまでをお聞かせください。

小久保英行監督(以下小久保監督) 熊谷リリーズは、U-12(小学生世代)のチームとして1997年に誕生してから順調に団員数を増やし、現在では単独の女子クラブチームとしては県内最大の団員数となっています。しかしながらその反面、順調に増えてきたU-12選手たちにU-15(中学生世代)でもサッカーに打ち込める環境を与えるという課題も年々、大きくなってきました。ただこれは、熊谷リリーズに限ったことではなく、中学生世代で女子サッカー選手の競技人口数がガクンと減ってしまう、いわゆる“U-15女子サッカーキャズム*”という日本の課題です。最新のJFAなでしこvisionマスタープランにおいても、中学生世代の活性化は重要なポイントとして謳われています。熊谷リリーズとしても、まずは最も身近な自分たちのクラブにおいて、“U-15女子サッカーキャズム”を解決するべく、2015年にU-15カサブランカを立ち上げました。当初はU-15カサブランカのほぼ全員がリリーズU-12の出身者でしたが、その後徐々に近隣地域のU-12チーム出身者の数が増え、その流れが他県にも拡大して、今ではU-15カサブランカ選手の半数以上はリリーズ以外のU-12チーム出身選手となっています。我々としては、ホームタウンの熊谷市を中心にU-15でのサッカー環境を提供することで、引き続き“U-15女子サッカーキャズム”を解決し、日本の女子サッカー活性化に貢献したいと考えています。*キャズム(chasm):谷

ーーJFAなでしこvisionマスタープランとは、具体的にどのような内容なのでしょうか?

小久保監督 日本女子サッカーの発展を目的としてJFAが掲げているビジョンで、サッカーに関わる女性や女子サッカーを支える人を増やすことを目指そうというものです。その実現に向けては、大きく3つの目標が定められています。①サッカーを女性の身近なスポーツにする。②なでしこジャパンが世界のトップクラスであり続ける。③世界基準の「個」を育成する。そのうちの1つである”サッカーを女性の身近なスポーツに”というところで、グラスルーツからトップまで、誰もがサッカーにアクセスできる環境づくりが必要になってきています。JFAが発表している全国の年齢別女子選手数のグラフを見れば、キッズ・4種年代の底上げとU-13~15年代のギャップ改善が課題であるということが一目瞭然です。そのような現状の中で、我々としてできること、育成年代の女子サッカーの普及に今後も寄与していきたいと思っています。

[出典] なでしこvisionの実現に向けてhttps://www.jfa.jp/women/nadeshiko_vision/master_plan.html

ーーここからは小久保さんの指導論について伺います。こだわっていることを教えていただけますか?

小久保監督 3つの軸でこだわっています。1つ目の軸は、“サッカー指導者軸”です。サッカーチームの指導者としては、選手たちにはそれぞれの個性を活かし、クリエイティブかつたくましい選手になって欲しいと思っています。選手たちはどの選手も素晴らしい個性を持っているので、いわゆる“標準的なサッカーの型”にはめ込むのではなく、とにかく一人ひとりの選手の個性を活かすことにこだわっています。2つ目の軸は、“育成年代指導者軸”です。プロフェッショナルではなく、これから色々な壁に直面しながら、転びながらも起き上がり成長していく選手たちには、人としての優しさとたくましさを持って欲しいと思っています。1つ目で話したようにどの選手も素晴らしい個性、潜在能力を持っています。それを惜しむことなく胸を張って堂々と発揮する力がつけば、どの選手もより夢の実現に近付けると考えています。そのため、チームでは心理的安全性を確保した上で、積極的にトライしやり抜くことを大切にしています。例えば、ミスは積極性の証なので「ナイストライ!」という声かけをしてあげるとか。そういう価値観をインプットして、様々な取り組みでそれを醸成しています。サッカーでの成長は当然のこととして、その土台である人間形成、人としての成長プロセスの構築と実践にもこだわっています。3つ目の軸は、“選手たちのからだサポート軸”です。育成年代の選手たちは体自体も大きく成長する時期なのでクラブとしてもしっかりサポートしてあげることが必要であると考えています。選手たちのからだサポート面では、その分野のプロフェッショナルである市内の医療法人社団nagomi会まつだ整形外科クリニックさん(熊谷リリーズ公式アドバイザー)、健康スポーツクリニックさんとも連携し、選手たちのからだづくりやサッカーの動きづくりをより専門的かつ的確にサポートしています。これら3つを指導の基軸として、クラブとしては選手たちの人間的な成長を育める哲学を持ちながらクラブとしての文化を創っていきたいと考えています。選手たちには将来、クラブを卒団した後にそれぞれの夢を実現させてより幸せになって欲しいという想いです。

ーー指導者と選手、選手同士でより良いコミュニケーションを生むためにどのような取り組みをされていますか?

小久保監督 チームの合言葉として、『ルールでなくて、モラルで動こう。』というのがあります。ルールでガチガチに縛ることもできますが、選手たちに「どっちがいい?」と聞くと「モラルの方がいいです!」と返ってきます。なのでモラルに反しない限りは自由にさせたいなと思っています。答えをすぐに与えるのではなくて、自主的に考えて判断してもらうようには心がけていますね。選手たちの取り組みの途中で正解ではない答えが出たとしても、少し長い目で見て、自分で考えて正解までたどり着くという成功体験を一つひとつ積み重ねて欲しいと思っています。それが自信に繋がって、またさらに自主的になっていく、これが良いループ、良い循環を生んでいくと思っています。また別の取り組みとしては、3年ほど前から『バディー』という仕組みを取り入れています。上級生と下級生の2人1組をチーム内で組ませて、先輩・後輩という間柄で、練習から試合、行き帰りの時間などで、教えることと学ぶことを選手間で行うように徹底しています。教える上級生自身も教えることを通じた気付きから学べることがポイントの一つです。後輩からしたら身近に色々と相談できる人がいて、先輩からしても教えるという経験をすることで、お互いにコミュニケーションを取りながら目標に向けて進んでいくというのを日頃からやっていますね。あとは先のモラルの話にも通じますが、リスペクトが大事だということもいつも伝えていて、チームとして気持ちの良い雰囲気を作るために、挨拶、返事、整理整頓といった基本行動が指導者側からあまり言わずとも、選手たち自身できるようになっているのはこの”バディー”のおかげだと感じていますね。

ーーリリーズは女子クラブですが、男子チームとの差を挙げるとしたらどんなことがありますか?

小久保監督 私は男子チームの指導経験もありますが、女子チームと男子チームでは大きな違いがあり、その違いを踏まえた指導がより効果的であると考えています。専門的には、遺伝学的、脳科学的にも男女では構造的な違いがあると言われていますが、その違いというのは良し悪しの軸ということではなくて、個性と同じ部類でそれを活かすことで強みに繋げられると思っています。例えば、私の経験則ですが、女子選手の傾向としては男子選手と比較して、よりチームワークを意識する、より心のつながりを大切にする、よりエモーショナルであるなどがあり、これまでの指導経験からそういった面を踏まえた指導が結果的に女子チーム力の強化にも繋がると感じています。

ーー女子選手を育成するうえで難しいと感じる部分はどんなところですか?

小久保監督 特に日本の女子選手でその傾向があるのかもしれませんが、選手たちが素晴らしい潜在能力を持っていてもそれをしっかり出し切らせるという部分は、”丁寧な対応”が必要だと感じます。それがプラスの方向、例えば「より速く走れる」とか「強くコンタクトできる」とかであってもです。それは先ほどの男子チームとの違いでも挙げた女子チームならではの傾向の一つで、“チームメイトの中で目立たないようにする”という面なのかもしれませんし、もっと大きく見ると、古来の“日本女性像”という文化・歴史的な側面があるかもしれません。“丁寧な対応”というのは、選手たちの行動に影響する価値観の部分から選手たちに伝えていくということなのですが、リリーズでは「とにかくやれ!」ではなくて、そのように行動することの大切さも併せて選手たちに伝えるようにしています。

ーー地域や環境の都合で、男子チームに混ざってプレーする女子選手は今も多くいますが、そのような中で本人や指導者が大事にすべきことはどのようなことだとお考えでしょうか?

小久保監督 女子選手が夢を実現する道筋は「女子チームだから」とか「男子チームの中だから」とか一通りではなくて、いくつもの方法があると思っています。大切なのは指導者はどのような環境においても、選手の個性、女子選手・男子選手の強み、環境面の特徴などを理解して、それらを踏まえて指導方法をカスタマイズし、さらに日々のPDCAを行っていくことが重要だと思いますね。また、選手たちには環境とは別に自らが自分の強み、課題を意識した上で目標を持って、一つひとつを丁寧にやり抜くことが自身の夢の実現に近付く方法であることを理解しながら行動に移して欲しいです。「やればできる子」ではなく「すぐにやれる子」が大切ですね。

ーーこれからWEリーガーを目指す子どもや、なでしこジャパンになる夢を持つ選手に対して、何かアドバイスはありますか?

小久保監督 選手たちには「まず夢は見ることから始まる」と伝えたいです。そして、夢に向かった目標を持ち、自分の力を信じてそれを一つひとつ丁寧にやり抜いて欲しいです。成長するための高い目標ほど困難ですが、困難にトライしてのミスは「ナイストライ!」、勇気の証です。もしも躓いたらすぐに立ち上がって一つひとつ課題をクリアしていけば必ず夢の実現に近づきます。夢を実現させるのは行動あるのみです。夢が叶うまで行動し続けた人だけが夢を実現させられると私は思っています。

ーー最後に、熊谷リリーズとして今後の目標、現在所属する選手やその親御さんへ、メッセージをお願いします。

小久保監督 クラブとしては、今後も引き続きホームタウンの熊谷市を中心に県内および県外の地域も含め、女子サッカーの活性化に貢献していきたいと思います。目標としては、具体的な大会の成績ではありませんが、地域の方々に「熊谷リリーズは育成世代の子をしっかり育成できるクラブだ」と今以上にご認識していただけるようになることです。所属する選手たちには、自身の素晴らしい個性をまずは自分自身がしっかり把握して、夢を描き、目標を持ち、何事にも日々全力でトライして欲しいと思います。保護者の方々には、選手たちの日々のサポートに対する感謝の気持ちしかありません。今後も立場は違いますが、選手たちの成長、夢の実現に向けて一緒に取り組ませていただきたいと思います。

=== 編集後記 ===

SVOLME FAMILY INTERVIEW 2024 #4 お読みいただき、ありがとうございます。

今回の取材対象は、埼玉県熊谷市を拠点に活動する女子サッカーチーム、熊谷リリーズのジュニアユース監督・小久保英行さん。
平日19時から行われるナイター練習の合間を縫ってお話を聞かせていただきました。
今回の取材にあたりインタビューの主なテーマとして、育成年代の女子サッカーにおける現状と課題というものがありました。
2011年、なでしこジャパンのW杯優勝が大きなきっかけとなり、未来のなでしこを志す選手が増え、
2021年には、日本初の女子プロサッカーリーグが開幕しました。
冒頭にも説明した通りに、日本全国の女子クラブの数も1979年度時と比較すると25倍にもなっています。
しかしながら実態は、小学生(U-12)から中学生(U-15)に上がるタイミングでサッカーを辞めてしまう子が非常に多く、
それは日本女子サッカー界の積年の課題ということでした。
私の周りでも例に漏れず、私が小学生のときに在籍していたチームに女子が1名いたのですが、
その人は中学に上がるとサッカーをする環境がない故にバスケ部に入り、高校に上がるとそこにはサッカー部があって再開。
もし中学時代にそのままサッカーを続けていたら、より高いレベルで、より長く、サッカーを続けていたかもしれないなと回想します。

小久保さんがお話しされていた”U-15サッカーキャズム”は、まさにこのような境遇のことを指し、
その解決にはやはり、環境を提供することが必要だということを改めて認識させられました。
熊谷リリーズはその流れの中で、U-12からU-15の受け皿として、ジュニアユースチーム”カサブランカ”を立ち上げています。
全国的にもU-15年代の女子クラブも増えてきつつありますが、さらに活性化されることを期待したいと思います。
そして、小久保さんが伝えているように、サッカーを通じて、”自分の個性を磨き、夢を描き、目標を持ち、何事にも全力でトライする”、
そんな人たちがたくさん生まれたら素晴らしいと感じます。