ーーだいぶ時間が経ってしまいましたが、高校選手権全国大会お疲れ様でした。
結果は残念でしたが、改めて大会を振り返ってみていかがでしょうか。
李済華監督(以下李さん) 大きく言えば2つ。1つは東京代表で全国出場できたことの嬉しさ、そして喜び。よく頑張ったなという気持ち。もう1つは全国という舞台で結果が出なかったことに関しては残念だったなと。両方ですね。
もう少し頑張れたかなとは思っていましたけど、ああいう結果に終わってしまった。
ーー岡山学芸館高校にPK戦で負けてしまいましたが、その岡山学芸館高校が最終的には優勝しました。
そのあたりについてはどういった思いがありますか。
李さん まったく。気にしてないです。ああそうなのっていうぐらい。自分たちが負けたことが全てだから。その相手が次の試合に勝とうが負けようが、優勝しようが私にはあんまり関係ないので。私そういうタイプですから(笑)。
ーー選手たちはどのように感じていましたか。
李さん 何を思っているか全然わかんないね。何しろそういうことを生徒に聞かないので。もう終わっちゃったことだから。まあ悔やむことは当然あるだろうけど。これは私的に言えばうちのグループじゃなくて違う関係者、友人や知人がビール飲みながらああだこうだっていうぐらい。真剣に考えてもしょうがないことだから。教訓は教訓としてしっかり整理しないといけないですけどね。
ーーここからは李さんの指導論について質問させて頂きます。
1995年に國學院大學久我山高校サッカー部のコーチに就任しましたが、当時の印象はいかがでしたか。
李さん ここに来て最初の印象はね、まあ上手くも強くもないなっていうのが第一印象。でも選手個人を見れば結構上手だねって。そういう風に思ったね。選手権全国すぐ行けちゃうんじゃないのって。選手の質はそんなに悪くはなかったと思う。サッカーっていうのは、テクニックと状況判断が一番大切なのに、私が来るまでは選手はこれらを無視したことばっかりやっていたから、こんなんじゃ強くなるはずがないだろうと思ったかな。
ーー状況判断・イメージというのは、どのように培っていくものなのでしょうか。
李さん 状況判断っていうのはすごく難しいだろうけど、ゲームの瞬間、瞬間でどう対応するかということ。サッカーは流動性の高いスポーツだよね。同じ局面というのは一度もないわけで。その中である程度の原則を知りつつ、応用をしっかりとできるということが状況判断になってくる。それはゲームの中でどんどんやりながら身に付けていかないといけない部分。だから一番多い練習はゲームじゃないといけない。
ーーメンバー選考の基準、また選んだ選手が共通して持ち合わせているものがあれば教えてください。
李さん メンバー選考の基準で言えば、原則は「チームの勝利に貢献できる選手」ということでしょうね。変な話、声が大きくて勝利に貢献できるならそれはそれで良いし、背が高いことで勝利に貢献できるならそれで良い。サッカー自体を楽しむためにやるっていうのも大事だけど、公式戦で勝ち負けを争うのは、決して楽しむということが目的じゃないよね。勝つという目的に力を合わせてやろうと。その中に楽しみとかエキサイティングさとかがあれば尚良い。これはどこのチームにおいても一緒だと思うよ。勝利に貢献できる要素は色々ある。さっき言ったように声が大きい選手もそうだし、背が高くてヘディングが強いというのもある。リーダーシップを発揮できるなんかもそうだよね。足が速いのもそう。一番は”勝利に貢献できるか”という部分。
それがベースにあって、あとはテクニックがあり、状況判断の良い選手。
今野球界では大谷翔平が騒がれているけど、ホームラン何本打ったとか、164km出したとか、スプリットとかスライダーがすごいとか。ウサイン・ボルトは9秒幾つ出したとか。私が言いたいのは他のスポーツっていうのは数値化できるでしょ。サッカーって数値化できないじゃない。だから難しい。選ぶ側も。好みもあるし。最も数値化ができないスポーツ。だからある意味ではサッカーは一番”芸術的だ”って言っているわけね。芸術ってなかなか数値化できないでしょう。見る人が見たら、お!っとかなるけどさ、素人が見たらなんで良いのかさっぱりだよね。イニエスタなんかどうだろう。身体的な部分では。かなり低いんじゃない?だけども圧倒的に上手いじゃん。
だから選ぶとき、選んだ選手の共通点が何かと言ったら勝利に貢献できる、そしてテクニックがあり、状況判断の良い選手。でもこれって数値化できないよね。結局は監督・コーチのセンスなり好みなりで選ぶってことなんだよね。
ーー國學院久我山高校サッカー部を指導する上で大事にしていることはどのようなことでしょうか。
李さん ここって学校でしょ、部活だよね。だから部活を超えていけないし、超えられないわけ。だから久我山でサッカーを教えるということにおいては、外部指導者という立場が関係してくる。結局は学校が何を求めているのかということをこちら側がしっかりと把握すること。学校が求める指導者像を一番大切にしている。それを前提に置きながら、一方で私はこうあるべきだと学校側に提示しないといけない。サッカー部ってこうなっていくんですよ、これだけの可能性があるんですよって。サッカーってこれだけすごいんですよって。私が教えてあげないといけない。それが俺はプロフェッショナルだと思う。学校が求める選手像、指導者像を作り上げていくこと、これこそが外部指導者の大きな役割だと捉えています。
グランドでは監督はこうやって欲しい、という学校側の要望を聞くけどそれ通りにやっているだけではダメで、学校の部活はこうあるべきですよってこちらが提示してあげる、そうしないとグランドに創造性が出てこないじゃない。
ーー外部指導者という言葉がありましたが、公立校の休日部活動が民間のクラブ活動や指導者に委ねるという地域移行が今年から段階的に始まっています。このあたりについてはどう思いますか。
李さん 最近は育成年代のサッカーにおいても、クラブ化が進んでいるよね。
でも、部活とクラブのどちらが合理的かって考えると私は部活だと思う。合理性で言えばね、施設を持っていて、授業が終わったらすぐ練習できる。クラブって大体18時か19時から始まるじゃないですか。家に帰ったら23時ぐらいの人もいるでしょう。身体にだって良くないよね。部活だったら学校での生活態度だって見ることができる。
海外だとバルセロナは、教育支援として授業もちゃんとやってあげるっていうけど、アフリカから来た子もいるし、勉強もしたことない子も多くいるから、そこで教えてあげなければ、英語も分からない、スペイン語も分からない。クラブでやってあげないといけないからやっているけど、バルセロナがすごいということではなくて、合理性で言えば私は日本の部活の方がすごいと思う。
ただ、部活の最大の問題は何かって言うと、専門的にサッカーをしっかりと教えられる人間がいない。もっと言えば、部活の優れている部分を最大限に活かす能力を持った指導者がいないということ。何回も言うけど、合理性を考えれば部活の方が優れている、でも、部活の問題点がいっぱいあるというのも確かだから。そこをどうやって上手く調整しながら、部活の合理性を活かしつつ、部活の持っている欠点をどうやって補うか。どうバランスを取るか。ここが大事なところだよね。
ーーW杯で日本代表はベスト16でしたが、李さんは今の日本のサッカーをどのように捉えていますか。
李さん 今はワールドカップでこれだけ活躍しているし、昔とはずいぶん違うよね。三苫みたいな選手も出てきていて、四大リーグでやっている選手も出ている。それ以外にもスコットランドだとかベルギーだとか、ポルトガルでもいっぱい活躍している。状況が変わってきているから、方向性としては正しかったんじゃないですか、日本サッカー協会が取り組んできたことは。他のアジアの国はここまで出てはいないでしょう。ソンフンミン選手は出たけど、それぐらいだよね。日本ほどの広がりはないでしょ。やっぱりその点でいうと、底辺を作るという意味では上手な国なんだと思う。豊かだということもあるだろうね。
外国の選手たちはハングリー精神が強くて、なぜサッカーをやっているのかってお金が欲しいからだよね。ブラジルだとかアルゼンチンだとか、特に南米の選手は。サッカーが純粋に楽しいっていうのもあるだろうけど、ストリートサッカーの中で育って、お金が欲しいからプロサッカー選手を目指す訳だよね。対して日本は最初からお金でやっている人間はいないよね。むしろお金を出してやるんだもんね。日本の豊かさっていうのは、サッカーの発展には寄与したんじゃないかな。日本サッカー協会とかその先人たちが、世界に追いつくためには何が必要かという土台作りに関しては、私は上手くいったんだと思う。しかし、これから本当の意味でのトップの選手を出すにはどうするかっていうのが課題なのかな。
大谷翔平や佐々木朗希がサッカー界にいるのかという意味では、やっぱり物足りなさがあるんだろうね。これが日本サッカー界がこれからどうやって取り組むべき、いい意味でこれからの課題なんじゃない。
Jリーグができて30年、今までは良かったんだとは思うよ、三苫みたいな選手出たし、ワールドカップ出場だって何回もしている。でもベスト8の壁が超えられてないわけだよね。私はベスト8を目指して、達成できなかったのに、なんでブラボー、なんですごいと評価されるのか分からない。もちろんドイツに勝った、スペインに勝った。すごいことだよ。でもドイツやスペインに勝つことが目標だったらブラボーだけど、ベスト8になることが目標だったんでしょ。なってないじゃん。日本のマスコミがワイドショー化しちゃってるよね。なんでベスト16で、あんなに持ち上げられて、ブラボーでさ、感動ありがとうって。いつまでそれ言ってるんだ。だからダメなんだろうって私は思っちゃう。そういうところはこれから、日本サッカーが変わらないといけないところじゃない。マスコミも含めて。これからもっと上にいくなら。
はっきり言えばもう次のスローガンで良いと思うよね、サッカー界の大谷翔平、佐々木朗希を育てようって。それなら目標が明確じゃん。
ーー日本では大卒のサッカー選手が増えていますが、どのように考えていますか。
李さん それは豊かさの表れだよね。ある意味では日本的だと思う。22歳になってまだプロになるかならないかとか言っているでしょう。普通さ、15か16でしょ。それでダメな人は働く準備をしろよと思う。逆に言えば、これは日本の良さなのかもしれない。だけども基本的には、スポーツっていうのは特殊で、よく言うんだけど、学校の勉強っていうのは、努力が一番報われる場所、量でなんとか補える場所だよね。成果が一番現れる場所だよ。でも芸術とかスポーツは努力じゃどうにもならないものだよ。才能だよね。タレント性って言葉を使うのかな。スポーツとか芸術は才能だよ、最後は。
ーー最後の質問になります。
昨シーズン、見事にプリンス関東2部へ昇格を果たしましたが、今季の意気込みを聞かせてください。
李さん 意気込みっていうのは成績のことになると思うんだけど、まず1つ、最低目標はプリンス関東2部残留。最低目標=最高目標って言うのかな。最低っていうと否定的に聞こえるけど、そうではなくて一番の目標ってことね。それが残留。それ以上は全部プラス。最低限の目標って意味かな。あとは、全国のうち1つは行こうねと。
まあ頑張っていきますよ。